山岸塗装を始める前、山岸信之の一日は、色に始まり、色に終わっていました。持ち場は、家電の量産塗装。工場のラインを流れてくる筐体に、決められた色を、決められた膜厚で、来る日も来る日も吹き付ける。一個目と一万個目が、寸分違わぬ艶であること。それが、その仕事に求められる唯一のことでした。
派手さはありません。誰かに褒められる仕事でもない。塗り上がった製品は、当たり前の顔をして箱に詰められ、家電量販店の棚に並び、誰かの家のリビングに置かれる。その表面が均一で美しいことに、気づく人はいません。気づかれないことこそが、量産塗装の完成形だからです。
けれど、毎日同じ色を塗り続けるうちに、体は覚えていきました。塗料がどう流れ、どう乾き、どの距離でどう乗るのか。均一な膜をつくる手つき。段取りの組み方。治具の使い方。それは、一点ものを美しく塗る技術とは、まったく別の筋肉でした。「同じ品質で、数を仕上げる」——量産の精度が、いつのまにか体に染み込んでいたのです。




